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猫山司
猫山司, メディカルアドバイザー
カテゴリ: 精神科
満足したユーザー: 14345
経験:  医師。国立大学医学部卒業後、臨床と研究に10数年間従事
61645565
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24歳の次男が大学でつまずいています。小学校時に自ら私立中学に行きたいと言って中高一貫校に入り、大学受験もひとり

質問者の質問

24歳の次男が大学でつまずいています。
小学校時に自ら私立中学に行きたいと言って中高一貫校に入り、大学受験もひとりですべて決めて現役で東京
学芸大環境教育科に入りました。中学から6年間バスケット部、大学でもバスケットサークルに入りましたが本人が望んだものとは違っていたようですがバスケが好きで4年間続けました。3年の中ごろから大学がつまらないと言いだしていましたが、4年生の5月には就職も希望の会社に決まり、あとは卒業を待つのみでした。
ところが4年から週2回の大学にきちんと行かなくなり、とくにゼミに参加せず、2月に教授から留年を宣告されました。そのショックから他の試験も放棄して10単位の不足という結果でした。
就職先ではもう一度秋の試験を受けなさい、と言われ、留年1年目の秋試験で再び採っていただきました。
それなのに大学へ行く日でも起きられずほっておけば午後2時、3時まで寝 ている、という状態でした。
後期は私も危ないと感じ必死で起こし家から出しましたが、結果的に大学へは行っていなかったのです。
再度の卒業保留に本人はどうしても卒業したい、学費は働くようになったら返すということで再度の挑戦になりました。それには家にいてはだめだと、アルバイトをしながら自活すると自ら家を出ました。
5月までは行けたようですが、その後また行けなくなり、前期も1単位もとることなく終わりました。
それを知ったのも最近です。
電話にも出ず、メールも返信されずが続き、ようやく昨日家に帰ってきました。
当初からアルバイトのお金だけでは無理だろうから援助するということで7月、8月は家に来てお金を渡しました。
聞くと、アルバイトには行っているようですが他とは一切コンタクトを絶っているようで、人と会うのが怖くて
電話に出るのも怖い、といっています。
それでも大学へ行きたい、卒業したいと言っています。
家族で話し合った結果、家に戻る、ということになったのですが、それもまた私は不安なのです。
また元の木阿弥になってしまったらどうしよう、という思いが消えません。
今後どのようにしたらよいのかアドバイスをよろしくお願いいたします。
 中島尚子
投稿: 4 年 前.
カテゴリ: 精神科
専門家:  猫山司 返答済み 4 年 前.
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こんにちは。猫山と申します。精神科医です。

憚りながら、相談者様がご懸念されているように「元の木阿弥になって」しまう可能性は。私も低くはないのではないかという印象を持ちました。

ご子息に関して、少し補足情報を下さい。

「人と会うのが怖くて電話に出るのも怖い」というのはどういうことでしょう? もう少し詳しく説明していただくことは可能でしょうか。


ご相談の問題で既に医療機関にかかられている場合、そこでの診断と、お薬を処方されている場合はその内容と1日量を教えて下さい。

ご子息は夜は眠れていますか?

食欲はありますか? 美味しく食べられているようでしょうか。

趣味や、ご友人・ご家族との会話などは楽しめますか?

アルバイトはどのような職種でしょう? そこでは人と会うのは怖くないのでしょうか。

学校に行かない間、日中はどのように過ごされていますか?

持病や常用薬があれば教えて下さい。

以上、確認させていただけますと幸いです。
質問者: 返答済み 4 年 前.

夜は眠れない日が多いようです。昨年家にいたときは市販の睡眠導入薬を買っていたことがわかっています。
病院に行くことも勧めましたが拒否でした。


今まで病院、カウンセリングなどまったく受けたことがありません。


食欲はふつうです。留年1年目のほうが食べられなかったように思います。


カジュアルなイタリアンレストランでキッチンのアルバイトをしていますが、そこでは過去の本人を知る人もなく、人間関係も深くかかわらずにすむのでだいじょうぶだと言っています。


挫折以前の知り合いすべてが怖さの対象のようです。


友人からの連絡も出られない、と言っています。


なぜかは本人も説明できず、ただ怖くて仕方がないようです。


教授も連絡くださったらしいのですが、無視の状態だったようです。2年目が終わったときには話して、もういちど同じ先生のもとでがんばることにした、と言っていたのですが。


その教授とのかかわりでも何かあるのではと思うのですが、わかりません。


3年のときは教授のお手伝いのアルバイトをしていたくらいなのに、なぜ?という疑問が消えません。留年1年目の時も2年目の時もゼミを変えることを勧めましたが


本人が、それでは負けたことになる、と言ってがんとして変えませんでした。


家に帰ったときにはふだんどおりに会話したりしています。


一人で暮らすようになってから、どうも家にこもっていたようです。


本来の卒業の直前に東北大震災が起こりました。


留年騒動の後でしたが本人は、すぐにボランティアに行く、と言い、東京都ボランティアに加わり計3回行っています。3回目には年長者が多い中グループリーダーになり、メンバーからも信頼されたようです。その後も新規


ボランティアの説明会に現地の様子の説明係役を頼まれたり、シンポジウムのパネリストを依頼されて務めることもしました。


それなのに大学になると行けなくなってしまうのです。


本人からまだまだ聞けていないことが多いと思います。


本来はスポーツが好きで、地理と歴史と自然科学が大好きで明るい性格です。


将棋やマージャンも(あまりやりませんが)強く負けず嫌いです。


持病もとくにありません。


よろしくお願いいたします。

専門家:  猫山司 返答済み 4 年 前.
追加でいただいた情報も含めて多面的に検討いたしましたが、貴意に添う回答の案出にはいたりませんでした。
お役に立てず申し訳なく思います。
オプトアウトいたしますので、他の専門家とご相談を継続していただけますようよろしくお願いいたします。

※これはオプトアウトのご挨拶ですので評価は不要です。システムから自動的に催促メールが来ても放置してください。

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