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kionawaka
kionawaka, 行政書士
カテゴリ: 法律
満足したユーザー: 1355
経験:  中央大学法学部法律学科卒 行政書士事務所経営
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お世話になります。 2000年頃から、とあるキリスト教の教会に足を運ぶようになりました。 そこで、聖書の事柄は全

解決済みの質問:

お世話になります。
2000年頃から、とあるキリスト教の教会に足を運ぶようになりました。
そこで、聖書の事柄は全く偽り のない事実で、洗礼を受けるには、聖書の記述が事実であったことを認める確信が必要だとして、実際に見ていないものに確信を抱くまで許されず、約10年以上が経ち、その間にクリスチャンホームの人達や牧師を目指す人達が次々に洗礼を受け結婚していくのを目の当たりにしてきました。
私は周囲から孤立していき、聖書の記述の確信に悩み、精神疾患を患うようになりました。
チラシ配布をして教会に促されなかったら、このような苦しみを受けることがなかったので、宗教の伝道(勧誘)や全てを事実を認めないとならない姿勢に異常さを感じます。
信者に経典の確信は犯罪には当たらないのでしょうか?
投稿: 4 年 前.
カテゴリ: 法律
専門家:  kionawaka 返答済み 4 年 前.

 聖書とありますが、新約聖書のことであると思います。

 

 同書はキリストの説法集・使途行伝から成り立っていますが、1個のパンを5,000人に分かった、とか、キリストが磔に会って刑死した後3カ目の墓石を蹴破って復活した、波の上を歩いた、とかいう奇跡のオンパレードで、明治以降わが国に入ってきた際(それ以前にもキリシタン信仰はもちろんありましたが)、知識人には受け取りがたい幼稚なものであったので、少しアタマの弱い人たちにしか布教できませんでした。

 

 この奇跡が信じられない、ということですね。そして教会は、この奇跡をアタマから信ぜよということですので、通常はこのような奇跡をそのまま信じるのは、アタマのおかしい人といわれますね。宗教の教祖というのは一歩間違えば、精神病院行きの人が多いものです。

 

 このような奇跡は精神科医にかかれば、幻覚、幻聴、統合失調症とされてしまいます。

 

 しかし欧米では、科学技術が発達した今日でも、この非科学的奇跡をアタマから信ずる人たちもー知識人の中にもーおります。

 

 日本では、神道でも仏教でも形式化・形骸化していて、その教えなど全く省みられてません。葬式で死骸にお経をあげているだけですね。それか現世利益一辺倒(「この神様は何に効くの?」)。知識人は唯物論と近代科学万能になっていますね。宗教は単なる道徳にケがはえたもののような扱いです。宗教書というとキワモノ扱いです。どちらが望ましいのかわかりませんが。

 

 

 特に前衛的でない普通のキリスト教会で(教会で神父さんが聖書の教えをちゃんと講義しているのでしょうか。昔はそれなりに優秀な方が神学校へ行ったので、学問的にはキチンと説明できたのかもしれませんが、最近は宗教家になるような人は、家がその職業をしている、又はあまり素養のない、社会からオチこぼれたほうな人が多いので、キチンと教義を説明できない可能性があります)、このような理不尽なことがなされているのでしたら、もはや質問者様の居場所はその宗教にはないと思います。

 

 キリストの奇跡は比喩として説明されたものです。しかも経典としてはあまりに量的に不足なのは否めません。旧約聖書でキリストが救世主として現れ、磔に架かって刑死することまで予言されていたので、メシアと名乗るには磔にされなければならなかったという事情もあります。

 

 キリストの復活はある程度化学的にも説明のつくものです。物質化現象(エクトプラズム)と呼ばれるもので、キリスト自身霊能力は大変高かったと思われます。生前から、天上界の高級霊からの啓示を受け(一種の霊媒現象)、説法を行ったものと思われます。いわば肉としての復活ではなく、霊としての復活です。あの世があるということを証明して見せたということです。

 

 

 件の教会の方々は、偏狭な視野に凝り固まっているのですから、早く離れることですね。共同訳ですと、それほど難しいものではないから、独学で研究されたらどうでしょう。

 

 信教の自由は憲法第20条で保障されていますが、それでも加持祈祷のふりをしてどついたりしたら、傷害(致死)罪に問われたりしていますね。あと信者を逮捕・監禁したりすることもありますね(特にカルト教団で)。

 

 思想の故をもって罰することはできないのです。刑法は「行為」を罰します。「思想は監獄の門を通過するが、地獄の門は通過しない」、というのが法諺です。

 

 その教会の人たちがどついたり、いたぶってきた場合は、刑法犯にもなりましょう。しかし思想の故をもって(メチャクチャな奇跡をそのまま信ぜよというのもキリスト教の一派としてあります。アメリカのク リスチャンサイエンスなどその例です)、処罰は難しいということです。民事で損害賠償を求めても、その裁判の中で宗教教義に立ち入っての判断は、-裁判官にはーできませんから(といっても自分がクリスチャンとして死刑廃止論に立つため、一切死刑判決を下さなかったという裁判官もいますが)、問題の解決にはならない(訴えの利益なしとされる)おそれがあります。

 

 

 

 

 

質問者: 返答済み 4 年 前.

固定観念の塊で、「信者は主と共に天国に導かれ、不信者は意識する永遠の裁きの苦しみを受ける」と説いています。


宗教は何故これ程までに固定観念を緩めて柔軟な姿勢にならないのか不思議でなりません。


説教も一見すると大勢に言っているつもりでも、実は私に問いかけている部分が多く本人じゃないと分からないような隠語のような説教も多いのです。


集団無視や睨みが行われ、「壁に耳あり障子に目あり」で盗み聞きをして、どこかの先生と呼ばれる人達に伝わっているようなので、私の居場所はないようです。


 

質問者: 返答済み 4 年 前.
再投稿:回答の質.
専門家:  kionawaka 返答済み 4 年 前.

 >「信者は主と共に天国に導かれ、不信者は意識する永遠の裁きの苦しみを受ける」

→これ自体が間違いですから(神が神罰を与えるというのが淫し邪教の象徴)、改宗されればすむことではないでしょうか。

 

 同じ教団にいて考え方があわないのであれば、脱退して、他の教団なり宗教に宗旨替えするしかありません。

 

 カテゴリーが法律ですが、法律的にはどうすることもできません。趣旨が損害賠償を求めているのか刑事告訴を求めているのかわかりませんが、具体的行為がなされない限り、予防的に対策を講ずることはできません。何度も言いますが、思想の故に罰することはできません。

 

 

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