JustAnswer のしくみ:
  • 専門家に質問
    知識豊富な専門家があらゆる質問にお答えするために常に待機しています。
  • 専門家が丁寧に対応
    E メールやサイト内オンラインメッセージなど、さまざまな手段で回答を通知。必要に応じてフォローアップの質問をすることもできます。
  • 満足度 100% 保証
    専門家からの回答を確認し評価をすることで、支払うかどうかを決めます。
supertontonに今すぐ質問する
supertonton
supertonton, 行政書士
カテゴリ: 戸籍・離婚・家族親子関係
満足したユーザー: 4907
経験:  中央大学卒業夫婦・男女問題法務手続き専門行政書士
61894004
ここに 戸籍・離婚・家族親子関係 に関する質問を入力してください。
supertontonがオンラインで質問受付中

DVでっちあげで児童相談所へ逃げ込み、子供達を拉致、監禁されて泣き寝入りはできない。

質問者の質問

DVでっちあげで児童相談所へ逃げ込み、子供達を拉致、監禁されて泣き寝入りはできない。
平成28年10月20日に家内が子供を連れて、児童相談所へ入りました。理由は夫婦喧嘩によるDVだとして平成28年10月15日の怪我の診断書、打撲の写真、全治2週間。
平成24年6月、平成21年1月の耳の鼓膜の診断書2通、全治2週間。しかし、喧嘩の原因は全て家内の子供への虐待を止めさせるため、子供への言葉の暴力を止めるためでしかないため、正当防衛だと警察、児童相談所には主張してきました。11月25日に児童相談所から初めての面会で、警察署からの通告書を知りました。
〈殴る、蹴るの暴行はしていません。逆に私が後ろ向きで無抵抗な状態で殴られ、蹴られ続けました。子供たち4人が見ている前で。)12月5日の家庭裁判所では6ヶ月の接近禁止命令。〈弁護士は異議申し立てもしてくれず、、、〉平成28年10月26日から、私が相談してきた弁護士は、家内を刑事告訴するしかないといいます。長女が生まれる前から男女平等推進運動の会への参加するなど、家内の行動についてはある程度知っていましたので、DVには特に気をつけていました。平成29年5月18日に一回目の調停。2回目の調停は7月11日です。子供達に面会できればDVはでっちあげで、家内の子供たちへの虐待が証明可能です。なんとかして調停以外で早急に子供たちとの面会はできませんか?警察署、児童相談所にも最初から、「子供たちと家内の実家に、これまでの経過を確認すれば家内が
してきた子供たちへの虐待について証明できます。」と、私が家内の両親へ何度も相談してきた事実を聞いてくださいとお願いしました。私はこのような状態を子供達に説明できません。1調停ではなく私からの子供たちとの面会請求についてはどのような方法がありますか?2警察署の通告書は事実ではないため、事実確認を怠ったとして告訴したいです。可能ですか?3児童相談所も同様に告訴をしたいです。可能ですか?たとえ、このまま離婚しても子供には会えないと思いますし、第一に子供達の事を考えると気が狂いそうです。
アシスタント: ありがとうございます。お客様の悩みについてもう少し詳しくご説明いただけますか?
質問者: 平成28年10月20日から私の家内が中学校3年生以下8人の子供を連れて足立児童相談所に入りました。
子供達は、長女15歳、次女13歳、三女11歳、四女9歳、五女7歳、長男5歳、次男3歳、六女1歳、です。平成29年10月20日付 亀有警察署署長名にて通告。通告理由児童の家庭は子供8名両親10人家族。
平成29年9月15日午後9時頃、
長女である児童のしつけに際し夫婦喧嘩となり
実父が実母に対し頭部を拳で殴打し身体に対し殴る蹴るの暴行を加え
もって両前腕部打撲、左下腿部打撲、右臀部打撲、左肩打撲の全治2週間の傷害を負わせたものである。
その際次女を含む五女までの五名の児童の面前で喧嘩を行ったもので
児童に不安を与える心理的虐待と認め通告することとした。処遇意見について実母は平素から児童等の前で暴力を受けこの暴力に耐え切れなくなり保護を求めた。
実父は実母に対する暴力の他児童等に対して躾と称し深夜に及ぶまで説教をし頭をこずいたりしていたものである。
よって児童の家庭環境の改善を図るため児童福祉士の指導が必要と認めた。以上
児童の家庭は子供8名両親10人家族。
とありますが、私の母がいますので11人家族です。長女である児童のしつけに際し夫婦喧嘩となり
とありますが、長男が「パパ、有紀の顔をグーで殴って。」と言いました。
その瞬間。家内が顔色を変えて突然何も関連のない、家内の不倫経験を話し始めたため長女の有紗が泣き始めたのが夫婦喧嘩の原因です。私は、家内と喧嘩をしたことはありますが、その全てが、家内の虐待に関することを注意したり、また子供達の前で話してはいけない事を家内が言い出した時、にしか喧嘩にはなり得ませんでした。長女の躾などで喧嘩にはなっていませんし、
投稿: 6 ヶ月 前.
カテゴリ: 戸籍・離婚・家族親子関係
質問者: 返答済み 6 ヶ月 前.
23455;父が実母に対し頭部を拳で殴打し身体に対し殴る蹴るの暴行を加え
とありますが、頭部を拳で殴打していませんし、私が無抵抗な状態で後ろから家内に殴られ、蹴られたので私が怪我をしました。長女も見ていましたし長男、次男、六女も私と四人で一緒に後ろ向きで踊っていました。その後に長男が幼稚園で作成した紙製の望遠鏡みたいなバトンサイズを「よし、これで勝負だ。」言い、床に置きました。妻がすぐさま拾い上げ、二人にでチャンバラごっこをしました。その際に家内が六女1歳を足で踏みつけ倒したのを私が、抱きかかえて長女にキッチンデ待機させました。その六女を抱きかかえる時に妻が、私の顔をバトンで殴りつけ眼鏡がと壊れました。あれを見た長男が妻を制止させるため「卑怯だぞ」と妻の左足にしがみつきました。妻はすぐに止める長男を足蹴りして窓の下まで蹴飛ばしました。
 もって両前腕部打撲、左下腿部打撲、右臀部打撲、左肩打撲の全治2週間の傷害を負わせたものである。
とありますが、家内が無抵抗の私の後ろから殴る,蹴るの暴行を加えたものです。
 その際次女を含む五女までの五名の児童の面前で喧嘩を行ったもので
とありますが、長女、長男、次男、六女、四名の児童の面前です。
 実母は平素から児童等の前で暴力を受けこの暴力に耐え切れなくなり保護を求めた。
とありますが、
平素から子供達の前で夫婦喧嘩をしない事と私が家内に約束させてきました。
家内の両親にも同席で、再三話し合いをしてきましたし、家内が子供達への虐待を止められずに、私から平成28年10月16日、10月18日の朝、二度「もう虐待をしたのは明らかだから出ていけ」と言いました。
9月15日の亀有警察署へ行かなかったのも、DVをでっち上げて保護を求めたのも、タバコの火傷を隠蔽し、離婚して親権も取れないと理解している妻の行動だと考えています。
かなり以前より妻が子供達に秦野市に引っ越すと言い含めていあました。次女が、中学生になり、「万が一離婚して秦野市に住むことになっても葛美中の通い部活を続ける。」
と言っていましたので、妻が子供達に普段から秦野市転居や、私の事を追い出しても、悠々と生活ができる等と話していたのを子供達や私の母から聞いていました。
それらのことを知っていた私が、DV等をする訳がありません。
妻が長女の臨月時に夜間、居酒屋でミーティングがあるから行きたいと言いました。
私は昼間ならいいけど、臨月でカラオケでのミーティングに行くのは恥ずかしいことだからと言いました。男女平等
そして、私に母親からも聞きましたが家内の実姉より出入り禁止(平成27年の1周忌に妻の弟が決席、私の弟と母が出席したのが原因ときていました。)になり、大変困り果てていた様子でした。理由は義理の両親も妻も、義理の姉が怖くて逆らえないからです。
直前にタバコの火を一歳の赤ちゃんの足の裏、五女の手のひらにも押し付ける等、虐待を行い、昼間からのアルコールの飲酒が増え続け9月からは普段の3,4倍も飲むようになりました。
平成28年10月16日日曜日朝と10月18日火曜日朝の両日に、私がもう虐待をしない旨の約束を守らないのだから一人で出て行けと言いました。また六女1歳、五女アンリにタバコの火を押し付けた虐待を隠蔽するため、が保護を求めた原因だとしか考えられません。
家内の子供への虐待についての話し合いを家内の両親も交えて繰り返してきましたし、
 実父は実母に対する暴力の他
とありますが、私が暴力を受けて怪我をして病院で縫合したり、マグカップや包丁を投げられたり、私が子供を抱いている時には車で引き殺されそうになったりしてきました。
 児童等に対して躾と称し深夜に及ぶまで説教をし頭をこずいたりしていたものである。
とありますが
亀有警察署署長名での足立児童相談所への通告書には、平成28年9月15日午後9:00から、とありますが、その日は子供達が夕ごはん、風呂等が終り次第すぐに1階の子供部屋にて午後8:30~9:00頃から2時間以上は、長女から五女までの子供達5人だけで、話し合いをさせていました。この日は二回目になります。
前回は1~2週間くらい前だったと思います。
家庭内のお金が二万円なくなる事件について長女から五女までの子供達5人だけで、話し合いをさせていました。
もちろん一回目の話し合い前に、長女には子供達だけで話し合い、ケリをつけられるか?と聞き、大丈夫。との返事でした。
この夜の子供達の話し合いについては、私の母も知っています。
しかし、9月15日の二回目の話し合いもまとまらず、私がそれでは今から警察署に行くから全員着替えるように言い、家内にその旨を説明しに二階にて話をしました。
しかし家内は自分の虐待を警察に通告されるのを恐れて同意しませんでした。家内とは子供の小遣いを止めたのは理不尽だと、40分から50分くらい話をしました。
それから私が子供部屋に行くと子供達は着替えてはいましたが、待ちくたびれて全員寝てしまいました。
 そもそもお金がなくなるようになったのは家内が平成27年9月頃から家内が子供たちに小遣いを渡さなくなったのが原因だからです。
子供達が朝6時に起きないからと子供達の小遣いをあげなくなり、理不尽な事を始めたのが原因だからと、子供たちは言いました。
その夜も、それまでにも何度も家内と話し合いをしました。
その間には家内には内緒で子供たちに、私や私の母が家内に見つからないように必要なお金を渡していました。
平成28年9月からはもう家内がいる前で、私が子供たちに今まで通りに小遣いを渡しました。
また以前には子供達だけで朝早く6時に起きて掃除、洗濯等手分けして朝ごはんの用意が出来ていて7時には全員座って朝食を食べていました。
子供達だけで家事の分担を決め、朝も自分たちだけで起床、7:00には全員で朝食を食べられていました。
しかしこの習慣は家内の逆鱗に触れた様子でした。
無言の圧力を子供たちにかけて、せっかくの良い習慣を家内が破壊したのです。
私が不在の時に子供たちに食事を与えない、無視等を武器に子供達を操縦したのです。
私はもちろん家内と何度も話をしましたが、家内は私の母がいるときでさえ、理不尽なことで晩御飯を与えないでいたのです。
そうのような時には私の母が隠れて食事を与えていました。
また家内は洗濯だけは毎日しますが、深夜等には止めないと隣の家にも乳飲み子もいるからと話をしても聞きませんでした。
狛江の水道局の社宅は2階でしたが、1階にも迷惑だから深夜に洗濯機を止めるように再三注意をしましたが、
私が水道局にて夜勤、待機等で不在時には洗濯機をかけていました。
            実家の母親について
平成27年5月か6月、子供達の誕生日会に家内の実母が来ました。平成25年8月下旬に葛飾区に転居してから初めて義母が一人で遊びに来ました。
その日から家内の態度が激変しました。
なぜなら、それからは恒例行事の子供達の誕生日会を家内が開催させなくなったからです。
そしてその年の9月から子供達のお小遣いをあげなくなりました。理由は朝寝坊したためだと。それでは子供達が納得しません。
        
            長女アリサのイジメについて
 平成27年4月長女のアリサは葛飾区葛美中学校入学式からほどなくバレー部に入部しました。バレー部入部直後から、バレーの練習用服等が隠されたりしていまし
た。夏休みが明けて一年生の二学期が始まると、また何か嫌がらせがあった様子でしたが、
「今、辞めるとアイツらが喜ぶから辞めない。」
と言いました。私は、「途中で諦めない事はいいと思う。
とても大切な事だから。しかし、所詮学校やバレー部が人生の全てではない。辞めたいならば辞めなさい。
あまりにも頑張り過ぎて病気や事件、さらには最悪な事が起きたならば、本末転倒。元も子もない。」
また12月にはバレー部で回転レシーブの練習中に、右肘を骨折する怪我をしました。
その怪我について当時の顧問(本田氏英語担当)は両親にも報告等もありませんでした。
恐らく当時の顧問教師(本田氏英語担当)はあまりバレー ボールを教える技量が不足していたために怪我をしたのだと思います。(後に副校長より聞きました。)
 
平成28年9月頃には私がいる時に、「もう無理。辞める。」と言いました。
私は、「部活動を泣きながらやる必要がどこにある?
試合に勝つためのきつい練習では泣かないですよ、練習や試合中に、顧問に怒鳴られて、嫌々やるなら、試合相手に対しても失礼極まりない。 
辞める勇気も必要。」等と言いました。
それから、私もバレー部で練習試合の遠征や体育館が使用できない時等に、顧問より依頼されて自家用車で長女の同級生五名と練習試合等に同行したりしていました。
 11月下旬、他校へ練習試合に遠征した日にバレー部全員に顧問の丹野先生からお揃いの手袋を配られました。帰宅してからアリサがカバンに入れた手袋が片方だけない。
私はもう一度良く探してなければ、月曜日に学校へ電話してみれば見つかるかもしれないよ。と言いました。
しかし、アリサは手袋を探しに夜中に自転車でその学校へ行き、朝方5:30頃に警察官に保護されて帰宅しました。
 
平成28年7月に三年生の公式戦が終わり、9月上旬頃に、アリサが次女のアミと二人だけで洗面所のドアに鍵をかけて深刻な話をしていました。
私が風呂に入りたいと言うとアリサは無言でひざを抱えて座りこみ、小学生の時に私に、「死にたい」と行った時と同じ目つきでした。
アミが「今、アリサの人生相談中だから、終るまで待って。」と笑顔で言いました。
今でもその日の内容を私は知りません。
 平成28年10月18日の午後に中学校の二人を早退させていたと副校長から私の母親が聞きましたが早退理由は教えなかったと私の母親から聞きました。
その日から子供達8人と家内は自宅から出て、足立児童相談所管轄に身柄を拘束されています。
10月20日に亀有警察署に私と母親が行きました。
10月15日午後9時頃からの出来事についてだけ話を聞かれました。私は家内に暴行していません。
殴る蹴るの暴行は、この日私が家内から受けたものです。子供たちが見てみいました。
私は亀有警察署ではそう説明しました。しかし10月20日付の亀有警察署の児童相談所への通告書には事実ではない内容と12月5日
亀有警察署の署員にこれからは足立児童相談所に連絡して対応するようにと言われました。
帰宅してすぐに児童相談所へ電話をかけて、面会のアポを依頼しました。しかし、次の日から毎日電話をかけても私の話を聞く事はありませんでした。
 11月21日に私が電話をかけて、担当の小川氏に、
何故子供達に連絡をさせないのか?
何故、事実確認を子供達にしないのか?
何故、こんなに学校を休ませてまで保護しているのか?
もし小川氏が私の立場なら貴方ならどうするのか聞くと、何も言いませんでした。
その質問を何度も、何度もしても無言でした。
そして、この日の会話で足立児童相談所の職員と面会することになりました。
11月25日に亀有警察署の通告書を読み上げられるまで私は何も知りませんでした。
この日初めて児童相談所から詳細について聞きました。
あとは何を聞いても返事はありません。
12月5日に裁判所に呼び出されて6ヶ月間接近禁止命令になりました。
子供達の児童相談所から連絡だけでも出来れば、まだ救われます。
質問者: 返答済み 6 ヶ月 前.
65297;調停ではなく私からの子供たちとの面会請求についてはどのような方法がありますか?2警察署の通告書は事実ではないため、事実確認を怠ったとして告訴したいです。可能ですか?3児童相談所も同様に告訴をしたいです。可能ですか?4 家内の弁護士に子供達への事実確認をすることができるのにしません。
子供たちや家内の両親に連絡が取れるのに事実確認をしません。弁護士の懲戒請求等をしたいと考えています。可能ですか?
質問者: 返答済み 6 ヶ月 前.
65288;質問者からのリクエストをサイトが代理投稿)こんにちは。次の追加サービスを希望していますが、ご提供いただくことは可能でしょうか?サービス名:電話でのやり取り。 もう少し情報が必要な場合は、どういった情報が必要なのかお知らせください。また別の追加サービスをご提案いただければ、検討します。
質問者: 返答済み 6 ヶ月 前.
24179;成29年5月14日
                     上申書
{離婚調停 考えの概要}
 (1) 今回のことは心から反省していますので、離婚はしたくありません。
 (2) これまでの寝不足が続き、些細なことで二度にわたり妻に一人で出て行け。と傷つける発言をしてしまったことは本当に反省しています。
 (3) 平成28年10月15日土曜日夜、私と妻、長女の三人で長女の入浴時の着替えの件で話をしている最中に、妻が過去の不倫経験を話し出しました。私が話を止めても妻は興奮して一人で立ったまま、長女が泣き出しても喋り続けました。その話をさえぎる為に、私は立ち上がりながらグーで頭をたたくふりをして指先で妻の頭を一度だけ軽く小突きました。 
(4) それからすぐに私が両手を後ろに組んで妻には後ろ向きになり、5歳長男、3才次男、1歳六女と4人で、 「出てけっ。出てけったら出てけっ。」歌を歌いながらステップを踏み囃し立てながら4人で踊り続けました。ごめんさい。そのあとに安隆が妻とチャンバラごっこをするようにと言われました。安隆が幼稚園で作成した紙のバトンです。そのあとにキッチンで立ち話をしてる時に妻が変な冗談を言うのでビールを吹き出してしまいました。ごめんなさい。
(5) 平成28年10月16日日曜日朝から月曜日の夕方までの36時間拘束勤務でした。
私は昨夜のこともあり3:30頃までは眠れずにいました。朝、2回のキッチンでタバコを吸う妻に対して私は、「朝の挨拶もしない。もう一人で家を出て行け。」と言い残して仕事に出かけました。
(6) 平成28年10月17日19:30頃に帰宅すると、何故か子供たちは皆上機嫌でした。妻は私が2階へ上がっても後姿のままで微動だにせず、挨拶もしないので私は、「子供達が真似するから挨拶くらいしろ。無視することは許されないと」叱りました。翌日の10月18日朝にも妻が無視していたので私はまた「もういいから、一人で家を出て行け」と言いました。しかしこれが妻との最後の会話になりました。足立児童相談所へ入所したためです。
(7) どうしてこのような状態になってしまったのかずっと真剣に考えてきましたが、これまでの自分の行いが原因のすべてであると気がつきました。
(8) 今は新宿の精神科戸山メンタルクリニックにて通院しています。また港区の精神科さいとうクリニックにも通院してDVについてのカウンセリング治療を受けています。
 妻には本当に心から謝罪したいと思います。
そしてDVカウンセリング治療を受け続けて自分を見つめ直していきたいと思いますので、どうか離婚を回避してくださいますよう、よろしくお願いします。
{離婚調停 考えの概要}
 これまで私は、妻に対する言葉というものを軽く考えていたのだと思います。
この言葉によって妻をどれほど傷つけてきたかということに、考えが及び足りませんでした。
夫婦や家族といううものは、そんなに簡単に壊れないだろうという思い込みがあったのです。
だから平成28年10月15日からお互いに口を利かない状態でもそのうちまた修復できるだろうと考えていました。
 ところが平成28年10月20日の亀有警察署からの電話での呼び出しで、私は大変なショックを受けました。 
 そして大変なショックを受けているうちに夜も眠れなくなり、勤務時間中にでさえ信号無視を繰り返してしまうほど精神的に追い込まれていきました。
 11月2日には白バイが二台止まっていましたが、その目の前で信号無視で捕まりました。
平成28年10月20日の夕方に足立児童相談所へ最初の電話をしてからは、            私は通常の精神状態ではいられなく、どうしてこんな事態になってしまったのかと、           自分でも訳がわからなくなっていました。
 
 平成28年10月26日に梶山弁護士事務所でこれまでの妻との馴れ初めから全てを正直に話をしました。
 しかし、私はその時の衝撃を今でも忘れられません。
 梶山弁護士は「児童相談所に入ると、どんな理由であれ妻にも子供達にも連絡はこちらから取れない。
 
 妻からの連絡を待つか、妻を刑事事件として告訴する以外には。」と言いました。私はその話を聞いて目の前が真暗になりました。
 平成28年11月25日に足立児童相談所の最初の面会が可能になり、小川氏が亀有警察署所長名での通告書なる文章を読み上げられるまでは、亀有警察署が事実誤認か事実を確認するのを怠ったのだと、足立児童相談所に対して激しく抗議しました。
 平成28年12月2日に家庭裁判所から平成28年12月5日月曜日に呼び出し状がきました。
 そして6ヶ月間の接近禁止命令が出ました。梶山弁護士は警察署も児童相談所にも、どうあがいても無駄だよ。と言われました。
そこでも私は、足立児童相談所には繰り返し電話をかけていました。
 なぜ子供達を学校にも行かせず、私にも電話をかけさせず、拉致監禁状態で何年間も会えないことになる状況になるのか説明を求め続けていました。
 亀有警察署にも同様に交渉をしましたが、日付の訂正だけはしましたと柳川警部より電話がありましたが、私の質問には全く答えずにすぐに電話を切られてしまいました。
 そこで私は法務省をはじめ、人権擁護委員、渋谷のウィメンズプラザ、東京都知事、区議会、都議会、衆参議員、各新聞社、週刊誌、大使館等に手紙、メール等を提出したりして、事態を打開するためには色々と手を尽くしましたがやはり無駄でした。 そして今回の件を私の父にも相談したところ、本当に激しく怒られました。
 父から妻への謝罪の手紙も受け取りました。 
 私の両親としてはたとえ離婚していても、いや離婚しているからこそ妻や八人の孫、妻の両親に本当に申し訳ない、という気持ちだったと思います。
 また私の母にも当然と怒られて、泣かれ続けました。両親は私が小学4年生のときに離婚したので、母親はなおさらこたえたようでした。 私はいい歳をして自分の両親までも悲しませたことを本当に情けない気持ちでいっぱいでした。  こんなにいい歳をして自分の両親までも失望させてしまい、   どうしようもない人間だと思いました。
 水道局の人もどこからか職場内で今回のことが知れ渡ったようで、職場で居心地の悪い思いをしています。 なんとも情けないやら気まずいやらという状態です。                       つくづく、自分はどうしようもない人間だな、と思います。
 妻から以前狛江市に住む中村薫夫妻が離婚したという話もあり、平成28年12月1日新宿で中村薫氏と話をしました。 しかし、中村夫婦は離婚もしてないし、「お宅は本当に大丈夫なの」と言われてしまいました。
 また平成29年1月に狛江市に住んでいたときの幼稚園の園長先生がお亡くなりました。と中村薫氏より連絡がありまあした。
 子供達も大変お世話になった幼稚園でしたし、園長先生のご主人は私の元同僚でもあり、今回の件で児童相談所は子供達に通夜、告別式も出させないとの返事でしたので、私が通夜と告別式に出席しました。 幼稚園の先生方も今回の件は知れ渡っていた様子で、とても、情けないやら、気まずいやらの気持ちでした。
 現在も仕事を終えて、暗い誰もいない家に一人で帰宅するたびに、身から出た錆の顛末をさびしく感じていますし、いかに自分が愚かであったかということを思い知らされています。
 妻と子供達が家にいて自分の帰りを待っていてくれているのが当たり前、と思っていました。    それがこんなにもあっけなく自分の目の前から消えてしまうなんてことは、全く想像できませんでした。 また真っ暗で暗い家で誰もいない家に一人でいることが、今回こんなにもつらいものだといううことが、今回初めてわかりました。
 私はこれまでに妻に対して普段の暮らしの中で「ありがとう」「助かるよ」とかいう言葉を言ってこなかったように思います。人の振る舞いに中で「気になるところ」は誰にでもあると思います。        そして私は妻に対して「気になるところ」ばかりに注目して、それについて思うことを思うがままに言ってきました。
 でも見るべき点を少し変えてみれば「ありがとう」とか「助かるよ」という言葉が自然と出てくるはずだと思います。
 私の口から妻に対して「ありがとう」とか「助かるよ」という言葉が出てこなかったのは、私が妻の良いところを見てあげてなかったからだと思いました。                              そして私が妻に「ありがとう」「助かるよ」という言葉をずっとずっとかけ続けていれば、今回のようなことにはならなかったのではないかと思っています。 
 妻がいたからこそ、私はきちんと水道局を勤めることができました。 
感謝しています。
 妻がいたからこそ、私はこの人生で夫になれたのです。そして、幸せな夫婦生活を送ることができてきたのです。
感謝しています。
 妻がいたからこそ、私は八人の父親にもなることができたのです。自分が父という存在になれたことは、本当に幸せだと思います。
感謝しています。
 妻がいたからこそ、子供達と海や山へキャンプ、スキーにも行くことができ、楽しい思い出が沢山できました。
感謝しています。
 妻がいたからこそ、私の母親との同居生活ができたのだと思います。
感謝しています。
 妻がいたからこそ、義理の弟、国聡のことでの面倒もみれたのだと思います。
感謝しています。
 妻がいたからこそ、普通の家族よりもより多くの、子供たちとの楽しい思い出ができました。
本当に感謝しています。 妻はそこまで大切な存在なのに、私は何を血迷ったのか、恥ずべき行為をしてしまい、自分にとって最も大切な存在を失いかけています。
 なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう、と真剣に後悔しています。謝罪を繰り返すだけでは、許してもらえないかもしれません。                                            ただ、今の私にはどうしても後悔と謝罪の気持ちがあふれでてきます。
 これまで私は、妻の信頼を失わせることばかりしてきたのですから、今すぐに元通りになってほしい等とは言いませんし、とても言える状況ではないと思います。
 そして葛飾区水元の家には家族が住める家があり、私が一人で別の場所に住みますからと、最初から足立児童相談所にも伝え続けてきました。
その通りにしますから、離婚は回避したままで当分の期間は別居でかまいません。
 私は新宿の精神科、戸山メンタルクリニックの通院、港区の精神科さいとうクリニックの二つの病院での通院を受け続けて、ひたすら反省して自分を見つめ直していくことを続けさせてください。
 私が通院している、さいとうクリニックというのは、自分のDVを反省する方が数多く治療にこられている病院です。
精神治療だけではなくて講演会やワークカウンセリングのようなプログラムもありますので、継続的に通院していくつもりです。
 特にさいとう先生のワークカウンセリングは、先生が司会進行するのですが、40人くらいの人達の前で行うものです。通常では他人に話すのがはばかられる内容のものまで共有しあい、患者全員が早朝から丸一日かけて行われています。
 私は本当に、 家族を失いたくありません。 妻がいて、子供がいて、私がいる普通の家庭がどれほど大切なものなのか、気がつきました。今頃気がついて、、、と自分でも思います。           現在は自分の愚かさを責める気持ちがどうしても抑えきれません。
先生からは反省はいいけど、あまり自分を責めないようにと言われましたが、自分を責める気持ちが、毎日湧き上がってしまいます。
質問者: 返答済み 6 ヶ月 前.
12383;だただ、自分のこれまでの行いを後悔するばかりです。 本当に情けない話です。
それでも、これが現在の素直な気持ちですから、正直に書きました。  
    
そして、ゆっくりと時間をかけて、私が妻に対して失ってしまった信頼を取り戻させてください。
 本当に、どれだけ時間がかかってもかまいません。
 どうか私に、もう一度だけやり直すチャンスをください。
 そして、しばらく、通院してカウンセリングを受ける時間をください。
 これから妻と子供達に、喜んでもらえることをたくさんしたいです。
子供達の成長を一緒に喜び合いたいです。
本当に周りの人に、喜んでもらえることを沢山、沢山してあげたいです。
 私にとっては、妻と同じくらい、子供達も大切な存在です。つたない文章で申し訳ありませんが、現在の私の精一杯の気持ちを書きました。
どうか本当に、よろしくお願いいたします。
         
                                             平成29年5月15日
第1会目の調停へ提出した上申書です。
子供の怪我の診断書取得に時間がかかり調停前にはそろいませんでした。
質問者: 返答済み 5 ヶ月 前.
65288;質問者からのリクエストをサイトが代理投稿)こんにちは。次の追加サービスを希望していますが、ご提供いただくことは可能でしょうか?サービス名:電話でのやり取り。 もう少し情報が必要な場合は、どういった情報が必要なのかお知らせください。また別の追加サービスをご提案いただければ、検討します。
専門家:  supertonton 返答済み 5 ヶ月 前.

初めまして、行政書士のSUPERTONTONでございます。それは大変お悩みのことと思います。ご心痛お察し申し上げます。お話から、分かる範囲でご回答致します。まず、ご相談者様は、離婚はしたくないと言うことですね。基本的に調停なので、ご相談者様が離婚に応じなければ、離婚は成立しません。ただし、調停が不調になれば、奥様が離婚裁判に移行するか、家庭裁判所の職権で審判が出る可能性はあります。DV、痴漢、ストーカーはどうあがいても女性側が有利なのが現状です。そこは、素直に謝罪した方が、有利になるとは思いますし、DVカウンセリングも受けていると言うのもポイントです。とは言え、奥様の気持ちが離婚になっている部分はあるようですので、すぐに離婚でなくとも、別居に応じて、お子様とも面会交流を認めてもらいお子様との関係を継続していけると良いと思いますが、既に、保護命令が家庭裁判所から出されているのは、問題です。児童相談所や警察と争っても難しいとは思います。むしろ味方につける方が有利になると思われます。DVカウンセリングの事実は、そのことで、子供に面会できるよう、児童相談所などにご相談されていくことがポイントになるように思われます。しばらく別居して反省の気持ちを伝え続けてみることです。焦りは禁物です。せめて6か月以上経過してから家庭裁判所の夫婦関係修復の円満調停を申し立てると良いでしょう。頑張って下さい。

質問者: 返答済み 5 ヶ月 前.
23478;裁への 1子の引渡し及び監護者指定の審判,2面会交流要求を申し立て
 地裁へ1接近禁止命令の取消訴訟の提起、2足立児童相談所、3亀有警察署に対する証拠保全申請を考慮しています。
ただ待つだけでは子供達に説明できません。最高裁まで戦わなければ、弱いものイジメさえしなければいい。といい続けてきた子供達の心が折れてしまいます。
他に何か手立てはありませんか?
よろしくお願いします。
専門家:  supertonton 返答済み 5 ヶ月 前.

ご相談いただきまして誠にありがとうございます。ご相談者様お一人で対応するのは難しいことです。単に警察においても児童相談所においても、個人のDVの疑いのある方とどちらを信じるかです。裁判所もリスクをおかせません。余程の証言が必要です。弁護士等の法律の専門家や地域の有力者等に味方になってくれることで、冤罪を盛り上げていくことが大切です。そう言う仲間を集めることが先決です。

戸籍・離婚・家族親子関係 についての関連する質問